御開帳だよ!華厳寺54年ぶりの御開帳からの横蔵寺、かご大仏

あらすじ

見仏がライフワーク化してきました。(ヨメを巻き添えに)

先日の京都見仏の旅で、偶然にも清水寺のご本尊「十一面千手観音像」の御開帳を体験しました。

そんな奇跡のご縁があって、見仏にずっぽりとハマってしまったわけですが、
この東海地方でも、御開帳がないかなとググってみたところ、ありました。

華厳寺 54年ぶりに御本尊御開帳!

 

マンガンズ(見仏好きメンバーで結成しました)全員集合!

ということで、前回に続き仏友くんとヨメの三人で、いざ谷汲山華厳寺へ。

岐阜市内からさらに北に行ったところにある、谷汲山華厳寺に10時頃に到着。
すでにかなりの人だかりです。

予報では曇りのち雨・降水確率30%だったところ、曇り時々晴れにまで快復。

これも御仏のご加護です。

急な斜面に建立された由緒ある天台宗のお寺だけあって、その寺構えは荘厳な感じ。
そしてここは西国三十三所の満願のお寺。長き巡礼の旅のゴール地点。

昔の巡礼者たちがどのような思いでこのお寺をおとずれたかを考えると、感慨深いものがこみ上げてきますね。

なんてなことを思いながら、仁王門をくぐる。

御本尊十一面観音がおらっせる本堂へ近づくにつれ、参拝の行列に足が止まりはじめ、御本尊にお目にかかれたのが約一時間後。

本堂はひとだかりでカオス状態。

54年ぶりの御開帳、しかも14日間限定ともなれば、そりゃこのひとごみはやむなし。
にしても御本尊御厨子前のひとだかりはかなり危険な状態で、我々も後ろから横からもみくちゃ状態。

それでもなんとか御本尊から結ばれた五色の紐をつかみ、開かれた御厨子を遠く覗き込むと、

肝心な頭部の十一面部分が天幕でまったく見えない…

ややげんなりしつつ、我々は御厨子前のカオスから脱出し戒壇めぐりへ。

戒壇めぐりも、なにがなんだかわからぬまま出口に到着(半ばくらいに錠前があったらしい)。
真っ暗闇の人ごみはかなり怖い。

本堂の裏手にまわると、白いお札がぺたぺたと貼り付けられた異様な雰囲気が漂うお地蔵様がおらっせられた。

苔ノ水地蔵、別名「貼り仏」。

自分の体で具合の悪いところがあれば、お地蔵様の同じ部分にお札を貼り付け祈るとよくなるらしい。

早速自分も一枚10円でお札を購入する。
特に具合が悪いところはないので、お地蔵様の胸(喫煙者なので)と頭頂部に貼った。

薄毛が気になるお年頃なので。現世利益である。

その後、御朱印をもらうために、これまた長蛇の列にならぶ。
うっかり御朱印帳を家に忘れてきてしまったので、新たにこの華厳寺で購入。満願の地からの再スタートである。

ここの御朱印(納経)は花山法皇が詠まれた三首の御詠歌にちなんで、

「現在(大悲殿)」
「過去(満願堂)」
「未来(笈摺堂)」

の三つの朱印を頂ける。これも満願の寺らしい。(近くには御朱印を乾かすためのドライヤーまである!)
あと、第三十三番札所トレーディングカードみたいなものもいただいちゃった。

我々も巡礼者の気持ちになって、本堂右手からぐるっとまわって満願堂に向かう。

お堂の前には白装束姿でお経を唱えるバスツアーの団体さんが。
その昔、バスなど交通手段がなかった時代は、このお堂を前にして、まさに満願の思いで涙した巡礼者もいたのだろう。

どうせなら奥ノ院も行こう

ということになり、案内図でみるかぎりではさくっと行けそうだったので、山道へと入る。

かなり険しい山道。樹根が自然の階段となり、湧き水によりぬかるんだところもある。
道の脇には巡礼の旅を振り返るがごとく、一番札所から始まるミニ観音様の祠がある。

歩けども歩けどもいっこうに奥ノ院は見えてこない。
見えるのは険しい山道だけ。

観音様もまだ九番…

そして気づいた。観音様と観音様の間隔…

このピッチを三十三回繰り返さなければいけないことに!

気づいた時にはもうすでに後戻りできないところまで来ており、すでに体も汗だく。
ちょっとした登山となってしまった。

しかも、登山など想定していなかった自分は、革靴で歩きにくいったらありゃしない。今後の見仏はスニーカーを履こうと心に決めた。

ようやくゴールの奥ノ院に到着。

かなり高いところまで登ったところにあり、空気がきれいだった。

濡れ縁にはメラミン製の灰皿がそっと置かれていた。

わかってるね奥ノ院。タバコもうまい。

そして、来た道を戻らなければいけないことを思うと悲しくなった。

足がカクカクになりながらも、往復約一時間(3km)かけて下山した我々は、子安堂を通り、

満願成就の地ならではの笈摺堂へ。

笈摺(おいずる)とは、背中に笈(仏具などを収める箱)を背負うときにすれないように身にまとう、巡礼者が着ている白く袖がない陣羽織みたいなもの。

巡礼者は西国三十三所の長き巡礼を終え、笈摺や笠など身に着けていたものや集印帳を、この御堂に収め俗世間へと帰っていく。
もちろんこういったお堂は満願のお寺にしかない。

西国三十三所巡礼が始まってから千年以上たった今、御堂の中には巡礼者の足跡がうずたかく積み上げられていた。

その後、水琴窟の音色に癒されたりしながら、我々は華厳寺を後にした。

 

気づけばすでに14時。4時間近くもいたことになる。
そらお腹も減りますわ、ということで参道沿いの食堂でアマゴの塩焼き定食を食らう。

自分にとっての「精進落としの鯉」である。

 

お腹も満たされたところで、せっかく谷汲村まで来たので、華厳寺から西へ3kmほど行ったところにある、横蔵寺(よこくらじ)にも寄ることに。

”美濃の正倉院”と称される横蔵寺に到着。

華厳寺からの参拝客の流れを懸念していたが、ほとんど皆無。

このお寺も天台宗。しかも寺伝によれば、今から1200年ほど前、天台宗伝教大師・最澄が自作の薬師如来を安置して創建した寺とされている。

最澄は一本の木から二体の薬師如来を彫り、ひとつを天台宗総本山である延暦寺の根本中堂の本尊とし、もう一体をこの横蔵寺まで担いできたという。(まゆつば説ではあるが)

しかし、延暦寺の本尊は織田信長の焼き討ちにあい消失。代わって安置されたのがこの横蔵寺の本尊として祀られていた薬師如来である。

なお、現在の横蔵寺の御本尊は、京都の御菩薩ヶ池(みぼろがいけ)のほとりの祠から迎え入れたものだそう。現在は秘仏(六十年に一度の御開帳)となっている。

 

延暦寺との深い関わりがあるお寺だけあって、山を借景にした寺構えも壮大で、しかも国宝級仏像の宝庫である。

まずは、朱色の医王橋をわたり仁王門へ向かう。仁王門の中には阿吽の仁王様はおらず。

仁王門をくぐると右手に三重塔を眺めながら、目の前には本堂が。これまた歴史を感じる燻し銀。

華厳寺もそうだったが建物全体が白っぽくなっているのは、経年によるものなのかあるいはこの地独特の気候によるものなのか、柱や梁、壁の木材が今にも朽ち果てそうである。

ここまで、まだ仏像には出会えず。

ここからが横蔵寺の見どころ。

はやる気持ちを抑えながら本家「TV見仏記9」にも登場した、国宝級の仏像がおらっせられる瑠璃殿に入る。

御本尊の薬師如来(秘仏のため御厨子は閉じられている)をはじめ、仁王門の仁王尊から、四天王十二神将大日如来らが一同に会している。

すばらしいの一言。ちょっとした博物館である。

仏友くんベタ惚れの大日如来は、その穏やかな顔つきと上半身の柔らかな曲線から女性的な優雅さが感じられる。

そして、横蔵寺のヘッドライナーと呼ぶにふさわしい

案内のおばちゃんも大推薦の深沙大将

いわゆる、西遊記の沙悟浄である。

おばちゃんいわく、

「ものすごいお力をお持ちの仏様なんですよ。」

「でしょうね。」

ドン・キングのような髪型、腕と足に巻きついた蛇、より目の彫眼、そして、腰に巻かれたふんどしからにょっきり顔を出すおかっぱの女の子…。

つっこみどころ満載のお姿からも、おばちゃんのいう「お力」と、その異形さに圧倒され、瑠璃殿の中で一番のお賽銭をあげてしまった。

こういうの、きらいじゃないです。むしろ大好物。

 

瑠璃殿の興奮をひきずりながら、もうひとつの目玉、妙心上人の舎利仏を拝みに舎利堂へ入る。

舎利仏とは即身成仏のことである。

言ってしまえば、ミイラ。

ここ横蔵で生まれた上人は、修行の後、西国、坂東、秩父の日本三大三十三箇所を制覇し善光寺で受戒する。

その後富士山にも登り、三十半ばで即身成仏を志し山梨県の御正体山の洞窟で断食、そして入定。幾年か後にこの横蔵寺に戻される。

舎利仏を前にして、悲痛ともとらえられるその表情から、上人が何を思いながら入定したのかを想像すると、なんともいわれない悲哀の感情がこみ上げてくる。

そんなことを思いながら、横蔵寺を後にした。

時間はすでに16時前。谷汲村で思いのほかなが居してしまったので行程を大幅に変更し、我々は一路岐阜市内へと向かった。


谷汲村で思いのほか時間を費やした我々は、急遽行程を変更して自分が高校時代より足げく通っていた、正法寺に向かった。

岐阜といえば、なんといっても「かご大仏」である(?)。

斎藤道三や織田信長ゆかりの金華山の麓には、かなりの数のお寺が点在しており、そのなかでもお寺の雰囲気からしてそそられるここ正法寺は、大仏としても有名(なのか?)なお寺。

ここは前回おとずれた大龍寺と同じく黄檗宗のお寺で、概観も城郭っぽいところがどこかしら似ている。

そして、中にはいると、圧巻の大仏様が私達を見下ろしている。

高さ13.7メートル、顔の長さ3.63メートル、耳の長さ2.12メートル。

日本三大大仏(自称)であり、また日本一の乾漆仏でもある。

この乾漆仏は別称「かご大仏ともよばれ、周囲1.8メートルの大銀杏を支柱として、骨格を木材で組み外部を竹で編みこみ粘土を塗った上にお経を張り、その上に漆を塗って金箔が貼り付けられている。

要するに中が空洞なのである。竹細工の技術と美濃和紙を使用した岐阜ならではの大仏でもある。その中には薬師如来がおられる。

狭い大仏殿の中で窮屈そうにかがみ込み、上から見下ろすように鎮座するその巨大なお姿。

高校時代に初めて見たときはただ「こわい」と感じたが、今となってはその愛くるしい微笑みに癒しすら感じる。ずーっと見ていたいくらい。

しかも右手の印は「OKマーク」にしか見えない。
その指のそり具合は我々三人とも誰も真似できなかった。

耳たぶも異様に長いし。みればみるほどかわいらしい。

そして大仏殿の壁には、これまた大龍寺と同じく五百羅漢が周囲を囲む。これがまたこわい。
五百羅漢はなんでこう異様な雰囲気を醸し出すんだろうか。大仏殿の天井まで登れる長い階段は、老朽化が進み一般参拝者には開放していないそう。残念。

外はすっかり暗くなり、今回の見仏の旅はこれにて終了。

そして、見仏といえばロールケーキである。

近頃、ロールケーキが如来様の螺髪に見えてしかたがない。

ということで、事前にしらべておいた岐阜駅の南側にあるカフェOPUSへと向かう。

ここのロールケーキは二つで350円!お値段もさることながら、あっさりとした生クリームとしっとりとしたスポンジが何個でもいけそう。

ヨメのも一個もらい、ぺろっと三個食らう。

ここはカフェでありながらオーナーセレクトのレコードも販売しており、きっと岐阜のオサレっ子さんたちが集まるお店なんでしょう。

 

そんなこんなで、これまた大満足の見仏となりました。

このあと、名古屋に戻り藤が丘でぐだぐだ飲み、あらたな仏友メンバーも加わり(笑)、それはそれは楽しい一日となりました。

 

今日のおことば

音楽好きは仏像好きである

by 仏友くん

明日はきっと筋肉痛まちがいなし。。。

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