石亀イシ夫との出会い。
我が家には石亀がいる。名前をイシ夫という。今年のゴールデンウィークに、近所の用水路で子供達と一緒に捕まえた。
毎年ゴールデンウィークになると、パパ友と近所の子供らを引き連れて近くの用水路に魚を採りに行くのが恒例となっている。冷たい水に膝まで浸かりながら、川べりの草むらにタモをつっこんでガサガサとやる。すると、タモの中にはオイカワやモツゴ、ときにはギンブナやヨシノボリまで、いろんな川魚たちが入ってくる。
今年は小学五年生の野生児アッキーの提案で「亀のいっぱいいるところに行こう」ということになり、数キロほど下流にある「亀エリア」に足をのばした。
自転車で到着すると、堤防から見ても亀がうようよといるのがわかる。さっそく、野生児アッキーが川に飛び込み、バシャバシャと上半身までずぶ濡れになりながら、横穴に手をつっこみ次から次へと亀をゲットする。
ウチの息子も負けじと果敢に挑戦するが、結局ボウズ。この日は、イシガメ、アカミミガメ、クサガメなどあわせて五匹をゲット。すべてアッキーが捕まえた。
「イシガメは在来種でアカミミは外来種。クサガメも外来種で臭いよ」
と、TV番組「池の水ぜんぶ抜く大作戦」の影響で、カメの種類だけでなく在来種・外来種までも把握している子供達。その知識力を学校の勉強にも活かしてほしいものである。
ということで、アッキーがボウズの息子にくれたのが、今我が家で飼っている石亀イシ夫である。
そんな心優しいアッキーはもういない。
この秋に家庭の事情で突然引っ越したそうだ。お別れの挨拶もなく。なので、我が家ではイシ夫をアッキーだと思ってかわいがっている。アッキーからすれば、失礼極まりない話だろう。
石亀イシ夫について。
そんな我が家の家族ともいえる、石亀イシ夫について話そう。
- 石亀イシ夫。性別はオス。年齢は不詳。
- 9cmにも満たない甲長からするとまだまだ子ども。にょっきり伸ばした亀首の大きさが息子のチンコとほぼ同じ大きさなので、たぶん小学三年生くらい(そんな年齢測定方法はない)。
- 餌を与えるとすぐ隅っこに隠れようとする性格から、たぶん3人兄弟の末っ子。
- 好きな食べ物は、乾燥エビと飼い主の指。よく噛みつかれる。
我が家でのイシ夫の居場所は、外や玄関ではなくリビングにあるの水槽の中。テレビを見ているとき、たまに背後からイシ夫の視線を感じることがある。ときおり「ガサガサ、ゴトン…。ガサガサガサガサ」と聞こえてくるのは、イシ夫が背を伸ばしてとなりの水槽で優雅に泳いでいるグッピーたちを追いかけ、そのまま倒れて反転している所作の音である。
暦は11月。イシ夫が運動不足にならないようにと、息子と相談して新しい飼育ケースを購入した。
ただ、この飼育ケースは、子供のころ縁日でよく見たミドリガメサイズに適しているようで、イシ夫にとってはちょっと狭かった。
しかも壁が低くよじ登って逃げ出す可能性がある。急遽アクリル板で蓋をこしらえ、その上に重しをおいて逃げ出さないようにした。
それが不満だったのか、日に日にイシ夫の元気がなくなり餌もほとんど食べなくなった。
かわいそうに思い、また元の水槽に戻してあげようと思っていた矢先、仕事中にヨメから写真付きのLINEが。
「緊急連絡!イシ夫が脱走した!」
しかも二回も。
飼育ケースは1mくらいの高さがあるキャビネットに置いていたので、床に落下したときはさぞかし痛かっただろうに。
ヨメからの報告では、それでも懸命にリビングを逃げ回っていたそう。やるなイシ夫。
ヨメはそれどころではなかったらしいが。
仕事から帰って、真っ先にイシ夫を褒めてやった。子供達にもイシ夫の根性を見習え、などと冗談を交えながら団らんの時間をすごしているとき、息子が言った。
「よっぽど冬眠したかったんだね。」
「えっ、亀って冬眠するの?」
知らなかったのは私だけ。
「冬眠って熊とかがするもんじゃないの?」
と息子に聞き返すと、
「カエルだって冬眠するよ。図書館で読んだ」
と返してきた。
あ、確かにカエルも冬眠する。最近イシ夫の活気がなくなってきたのも、もしかすると冬眠の時期だからか。生まれてこのかた何十年と生きてきて、カメが冬眠するなんて今のいままで知らなかった。大人として恥ずかしい。
さらに子供から教わるという、父親としてあるまじき醜態を晒してしまった。
さっそくスマホを取り出し「冬眠 とは」からググる。
冬眠(とうみん)
ー 動物が活動をほとんど停止したまま冬を越すこと。多くの陸生変温動物と一部の恒温動物でみられる。カエル、イモリなどの両生類やヘビ、トカゲ、カメなどの爬虫類は、地中、石や倒木の下、水底の泥中などの温度があまり下がらない所へ移動し、環境温度の低下にしたがって体温が低下して冬眠に入る。 ー
「コトバンク」
さらに「カメ 冬眠」でググる。
まず、冬眠させる場所についてですが、ニホンイシガメ、クサガメ、アカミミガメなどのカメは水でも陸でもどちらでも冬眠は可能です。でも、どちらかと言えば水中がおすすめです。
えっ、水中で冬眠するの?苦しくないの?
カメは尾にある総排泄口(卵を産んだり、排泄する所)や皮膚から水中の酸素を取り込んでいると言われています。必要とする酸素量も冬眠中で仮死状態ということもあって少なくてすみます。なので冬眠中ずっと水中でも呼吸ができず溺れるといった心配はありません。
か、仮死状態!意外とスゴイな、カメって。
カメといえば、のろのろと歩き、ひっくり返るとなかなか起き上がれないどんくさい印象の生き物。とくに私らの世代は、「ドジでのろまなカメ」でおなじみ、失敗ばかりで落ちこぼれの堀ちえみのイメージが強い。
あらためて、カメの生態のスゴさを知った。そして、うらやましいと思った。残念ながら、我々ホモ・サピエンス界には「冬眠」という休暇制度はない。
「冬眠に入りますので長期休暇いただきます。」という社会人はいない。そんなことしようものなら春先には会社での居場所はない。
私が20代の頃、職場に通称「カワビラ氏」という三十すぎのフリーター君がいた。フリーターといいつつ、実はスキーのインストラクターで、冬になると「山に籠ります」といって五月くらいまで帰ってこなかった。毎年冬になるとカワビラ氏をうらやましいと思った。まさかイシ夫とカワビラ氏の思い出を重ねるとは、カワビラ氏からすればとんだ迷惑だろう。
カワビラ氏の話はどうだっていい。イシ夫の冬眠の話に戻そう。
イシ夫のために冬眠用の飼育箱を作ろう。
「カメ 冬眠 水中」でググってみると、水の中で冬眠させる方法としてYoutubeに参考になる動画を発見。
ふむふむ。水槽に土や砂利を敷き、水を20センチほどの深さまで入れる。その中にアク抜きをした落ち葉を大量に入れてあげると、カメがその落ち葉の下にもぐって冬眠するとのこと。
他の動画では、カメが冬眠する深さを選べるようにレンガなどで部分的にかさ上げするとよい、と紹介されていたので、さっそく、ホームセンターでちょっと広めの飼育ケースとレンガを買ってきた。
ちゃんとした水槽だと、そこそこの大きさにもなると軽く5千円近くするので、水槽の代替品として、カラーボックス用のプラケースを購入(蓋とあわせても千円以内)。これなら蓋もあるし、取手が空気穴の代わりにもなり、サイズ的にもちょうどよい。
ケースに砂利を敷き詰め水を15センチくらいまで注ぎ、買ってきたレンガでかさ上げして横穴も作った。イシ夫も嬉しそうにはしゃいでいる。そして、半日ほど水に漬けてアク抜きした枯れ葉を投入し、イシ夫のための冬眠用飼育箱が完成した。さっそく浮かんだ枯れ葉の上にイシ夫を入れてみた。
ぜんぜん潜ってくれない…。いきなり環境が変わって興奮しているのであろう。そりゃそうだ。きっと一日も経てばこの冬眠箱にも慣れて、ゆっくりと深い眠りに落ちていくのだろう。
春までイシ夫に会えないと思うとなんだかさみしい…。
いつもの「ガサガサ、ゴトン」も、エビではなく指をかまれることも、つぶらな黒い瞳でじっと見つめられることも、春先までおあずけになる。
ウェッブにも書いてあったけど、冬眠がうまくいかないとそのまま天に召されることもあるらしい。そう思うとなんだか胸がいっぱいになってきた。
イシ夫よ、春先には必ず元気な姿をみせておくれよ…。と、いい歳したオッサンがカメを見つめならしんみりしていると、リビングから「クレヨンしんちゃん」観ながら爆笑する子供達の笑い声が聞こえてくる。現代の子供達はドライだ。
二日後、仕事から帰ってきて冬眠箱の蓋をこっそりあけてみると、水面からにょっきりと顔を出したイシ夫と目があった。三日たっても四日たっても、蓋を開けるたびにイシ夫は顔を出してこちらを見つめている。
寝らんのかい!
それならそれでちょっと嬉しいけど。
*
【追記】
今年の三月、イシ夫は私たちの前に元気な姿で冬眠から戻ってきてくれました。
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